あふれる想いはこの風に乗って

主にアイドル音楽、野球、将棋のことを。

パフュとイチローの歩みに見る共通項

さあ今回は、かのイチロー選手とパフュの歩みを重ねていきたいと思います。自分が野球好きなので書いておりますが野球が好きな人もそうでない人もぜひ最後までご覧頂ければ嬉しいです。

イチローPerfumeもそれぞれに、新天地からこの10年の歩みを進めてきました。舞台は違えど、多くの人の注目を集める存在の両者をこのタイミングで振り返っておきましょう。

 

イチローオリックスからマリナーズに移籍。 すでに日本では1994年に史上初のシーズン200本安打を達成。 また94年から00年まで7年連続の首位打者ベストナインゴールデングラブ賞など多くの賞を獲得してからのスタートでした。

対してPerfumeは正確には2000年に『ぱふゅ~む』をアクターズスクール広島にて結成。 2001年に事情によるメンバーの入れ替わりで、のっちが合流。現体制になりました。

 

そこからイチローメジャーリーグ有数のリードオフマンとなり、現地ファンを虜にしてきました。オールスター戦の常連に名を連ね、2004年には、84年間アンタッチャブルな記録であった、 ジョージ・シスラーの歴代シーズン最多安打数257本を5本更新する262本を放ちました。 このニュースは日本でも大々的に取り上げられていたことを今でも思い出します。

その頃Perfumeはインディーズ時代に当たり、 広島時代では、地元のイベントに精力的に参加し、 楽曲では元爆風スランプパッパラー河合さんプロデュースによる、 『OMAJINAI★ペロリ』、『彼氏募集中』を02年広島限定でリリースしました。 03年には上京、アクターズスクール広島と繋がりのあるアミューズに籍を移し、 大型女性アイドルグループの一角である、BEE-HIVEに編入。そこで、中田ヤスタカと出会うというあまりに大きな転機が訪れます。そこから『スウィートドーナッツ』、『モノクロームエフェクト』、『ビタミンドロップ』をリリース。 亀戸サンストリート秋葉原での活動がよく知られています。

しかし、当時アイドルと言えばハロプロ勢は少し知っていましたが、パフュの存在を知ることはありませんでした。 もしどこかで知って曲にピンと来ていれば、それは素晴らしいことだったんですがね。そもそもアイドルに興味を持っていなかった頃でした。

この頃イチローは「世界のイチロー」として名を轟かせる一方、Perfumeは地道にストリートライブやイベントを重ねていました。しかし同じくこのDECADEは両者に試練を与えることになります。

 

さて話の続きは2006年から。 確かにイチローは世界のICHIROになり、スーパースターになりましたが、 この4年間を見る限り、彼は相当苦しんだ事と思います。 それは記録との闘いであり、また国を背負う闘いでありました。 そしてあのイチローも人間だったと感じさせてくれる場面もありました。

2006年、World Baseball Classic(以下WBC)の第1回大会が開かれました。 日本は野球大国の威信をかけ、この大会に臨む事になり、 イチローは特にリーダーとしてチームを引っ張る事になりました。 しかし蓋を開けてみれば、大会通して韓国に1勝2敗するなど苦戦。 それでもイチローは闘志溢れるプレイでチームを引っ張り、 2次リーグでメキシコがアメリカに勝つなど運も味方し、 何とか日本は初代チャンピオンに輝く訳です。 2009年に再度WBCイチローは苦しみます。今回は大会中のスランプでした。 大会中打率.273と言う数字は、メジャー通算打率.333(01-09年)と比べてみても低いことが分かると思います。 その中でも決勝戦で決勝タイムリーを放ち、日本の連覇に導きました。 ですがその精神的ダメージは大きく、 胃潰瘍を発症してしまい自身初の故障者リスト入りになりました。 スタートが遅れたこの年のイチローですが、 それでも例年同様の安定感を維持し、メジャー2000本安打を達成。 また新記録となるメジャー9年連続シーズン200本安打も達成しました。

あのイチローでさえも一筋縄ではいかない、 シビアなプロフェッショナルの世界をファンながらも感じました。 しかし、その中で成果を出し続ける人間の背中を見て、 それを見る人は感動を覚えるのだと思います。

 

Perfumeはというと、2007年にシングル『ポリリズム』が、 NHKとACの環境リサイクルキャンペーン『リサイクルマークはエコマーク』でブレイクを果たし、 2008年に入っても、アルバム『GAME』の45万枚、シングル『love the world』初の週間1位など、 快進撃は続いていきました。

当時は『近未来型テクノポップユニット』と呼ばれ、アイドルとしての新たな音楽の可能性を示したわけですが、 人気が出るということは……ネガティブなネタが時に利用されてしまうわけです。 これはファンとしては非常に胸が痛みますし、本人達にとってもよい思いはしないでしょう。*1

しかし、そんな苦難を乗り越えた3人にはきっと新たな風が吹くことだと思います。 今年に入って、ライブハウストゥワーをやって、シングルも出して、正直しんどいところもありながら、頑張っているように見受けられます。そんなひた向きさに少なくとも私は惹かれるわけであります。

あ~ちゃん、ゆかちゃん、のっちにはいつまでも笑顔でいてほしいです。 最近はブログを休みがちだった私も、この機会に3人が稀有な存在であること、そして、大好きなことに気付きました。 また私の周りには多くのパフュファンブロガーがいて、スレの仲間がいることをとても幸せに思います。 日々をパフュと歩む喜びを噛み締め、応援していきたいです。

 

イチローもパフュも目標こそ違えど、お互い素晴らしい歩みであることに違いはありません。 かの鈴木一朗氏はメジャー新記録の9年連続200本安打を放った時にこう語っています。

『解放されましたね。人との戦い、人との争いから一応終わりを迎えることができた。』

ここまでは行きませんが、パフュもウィークリー1位をシングル、アルバム、DVDの各部門で達成し、ひとまずこれらの目標は達成されたわけです。よって、これからは自らの針路にこだわってひたすらに進んでほしいです。それはここまで乗り越えてきた者に贈られる『特権』なのかもしれません。

(元記事は2つに分かれていましたが、改めて1つにした後に再構成しています)

 

(追記:2016-5-6)

今、成長した自分がこの拙い文章を読めば、この両者を対照しようとする事自体がおかしく思えます。そして無理にまとめている感じですね。おそらく当時、イチローもパフュも単に自分が好きなものだったので共通点を探りたかったのかもしれません。

ただ結果として当時僕が何となく描いていた未来以上に、パフュは世界に受け入れられ、少しずつその輪を広げています。カーズ2の挿入歌の抜擢、カンヌライオンズでの受賞、SXSWの出演など、欧米圏への進出という意味ではあながち比較も間違いではなくなってしまった所に、一種のおかしさがあります。

パフュも日本の音楽文化を世界へ届ける一翼を担う今、アメリカンカルチャーとしてのメジャーリーグで殿堂入り確実と目されるイチロー選手と比べる事は難しいとしても、それぞれに評価されるべきことだと思っております。僕にとって遥かに遠い存在となりつつある一方、こうして日本の人の心が伝わっていく事がファンとしてもうれしいことなのです。

 

*1:(追記)おそらくこれは、2009年のとある週刊誌ネタの事を指していたはず